先週末は息子の卒園式でした。約5年間お世話になった保育園。息子の成長を目の当たりにし、私は何を目にしても涙、涙。
コロナ禍ということもあり、この3年は園の中まで様子を見ることができず、何となく希薄な空気が流れていました。ですが卒園式を通して、改めて素晴らしい先生の配慮が毎日あり、チャーミングで個性的なお友達が側にいてくれたからこそ毎日息子も楽しく過ごせたと分かり、感謝の気持ちが何度も湧き上がりました。
別れと出会いの季節。特に今感じていることは、私たちはいつも誰かに支えられ助けられているということです。そんなの当たり前と言えばそうなんですが、忘れがちなことだと思います。
たとえ人との接触を減らしたい。なんて思ってもネットで頼んだものを寒空の中、雨風の中、届けてくれる人がいる。心を静めようと手にした本だって、著者がエネルギーを使って綴ったものです。何気なく口にする食べ物も、誰かが一生懸命作ってくれている。
頑張り屋さんや器用な人って、つい一人で何でもできる気になりますが(私はその一人の自負があります・・)そんなことはないんですよね。いつだって誰かが直接的に、あるいは間接的に助けてくれるし、その存在があるからスムーズに毎日を過ごせています。
私は頑張りモードに入ると、家事や仕事などの役割に対して「自分でやってます!」「人が見ていないところでもこんなにやってます!」という意識に陥りやすいのですが、
『いつも誰かがどこかで助けてくれている。』
『だれかが支えてくれるから、私が立っていられる。』
というフレーズを思い返すと、一気に傲慢モードから平穏モードに切り替えることができます。そう。私は頑張りすぎると傲慢スイッチがオンになりやすいんですよね。
もしも何かを理由に頑張りスイッチが入っていたり、もしかしたら傲慢モードかも?と感じたなら、ボソっとこのフレーズを声に出してみて欲しいなと思います。
『いつも誰かがどこかで助けてくれている。』
『みんな、ありがとう。』
結構、効きますよ。